Q18. ESRスペクトルが跳ね上がっている(微分形)なのはなぜ?

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 通常の吸収スペクトルが、波長軸に沿って、吸収強度がお椀のようにへこんでいるのに対して、ESRのスペクトルでは、負の方向に下がってから急に正の向きに上がってから落ち着くような不思議な曲線となります。ちょうど、吸収分光曲線の傾きだけを取り直したような曲線になっており、微分曲線とも呼ばれます。これは、ESRにおいても単純な場合は、もともとの吸収スペクトルの形はお椀のようにへこんだ形です。ESRでは、ノイズを削減するためと、感度を上げるために磁場変調分光法を採用しているのでこのような形になります。

 変調分光法とは、測定においてなにかの物理量を少しだけ上下させて、その変化に対応した周波数を取り出して、観測をする方法です。簡単に言えばラジオの電波の周波数を合わせることで、放送が聴けるようなものです。吸収分光で、試料を通過させる光を10 kHzでオン-オフ(のこぎりの歯状に変調)するとしましょう。オンオフしなくても入射光と出射光の差をとれば吸収された光の量はわかります。でも周囲の光が邪魔をして観測ノイズとなってしまう場合もよくあります。このとき、入射させる光(プローブ光という)を10 kHzでオンオフしているとすると、試料を通って出てくる光もオンオフされたものであるはずで、それは周囲のぼんやりとした光にはない特徴となります。そこで10 kHzだけの信号を取り出してやれば、試料を通過した光だけを観測できたことになります。これが光の分光装置における変調分光です。

 ESRでは、マイクロ波を変調するのではなく、電磁石がつくる静磁場を変調します。9.5 GHzのマイクロ波を用いるESRとEPRとはでは、磁場が333 mT程度ですが、磁場を0.1 mTほど上下させてやることで磁場変調分光とします。

 ESRスペクトルは横軸(x軸)磁場でマイクロ波吸収量を縦軸(y軸)に描きますが、磁場変調は、まさにdy/dx となる微分曲線になります。これはある静磁場位置の前後で、吸収強度がどう変わるか という測定になるので、その点におけるグラフの傾き(微係数)になっているのです。測定では、共振器の試料位置に、100 kHz程度で正負が入れ替わる電流を流して、これによる誘導磁場をつくって変調磁場とします。受信したマイクロ波から100 kHz成分だけを通す電子回路と、ロックインアンプと呼ばれる位相検波回路を用いて、ノイズを落とすとともに、電子スピン共鳴吸収した信号を高感度に取り出せるような測定を行っています。